私は六時に目が覚めた。私は目覚ましがなくても、自分が望む時間に目を覚ますことができる。
私は昨夜用意した自分の服を身に着けた。
窓を開いた。朝の清々しい空気が入ってくる。小鳥がちゅんちゅん囀りながら、ちょこちょこと庭を跳ねていた。
私はご主人様のために朝食を用意した。トースト、コーヒー、サラダ。いつもと変わらないメニュー。この館にあるものとご主人様の好みを考えるとこのメニューしかありえない。
七時になった。私は二階で眠っているはずのご主人様を起こしに向かった。
階段はくたびれているのか、ぎしぎしと音を立てて軋んだ。
コンコン。私はいつものようにノックした。何千回、何万回と繰り返してきた動作。おそらく私はノックの達人になっているだろう。心地よく響く音、リズム、タイミング。どれをとっても文句のつけようがない。自画自賛。
「失礼します」
扉を開くと、ご主人様の白い後頭部が見えた。ご主人様はすでに起きていた。机に向かって何かをしている。
「今日は、朝食はいらん。しばらく1人にしておいてくれ」
声が聞こえた。ご主人様は机に向かったまま微動だにしない。
「わかりました」
私は頭を下げて退室した。
私は自室に戻って洗濯物を籠に入れた。
洗濯。私は館の敷地内にある井戸に向かった。ロープのついた桶を井戸に落とした。
ぽちゃん、と井戸の底から音がした。桶を引き上げ、たらいに水を注いだ。綺麗な水だ。
私は六回、その行動を繰り返した。
私は自分のメイド服と、自分の部屋の布団カバーと自分の部屋のカーテンを洗った。繊維を痛めつけないように優しく。
物干し竿に洗濯物を干した。風が吹き、干したカーテンがはためいた。
一仕事終えた気分になった私は、ぼんやりと雲を眺めた。綿菓子のような雲が左から右に流れる様を見つめていた。
無為な時間。私の好きな時間。
私は仕事に戻った。
十二時になった。私は二階に上がってご主人様の部屋をノックした。
「ご主人様、昼食の時間になりました。いかがなさりますか?」
「いらん」
部屋の奥から声が聞こえた。
「承知いたしました」
私は頭を下げた。
掃除。今日は二階の廊下と窓の日だ。広い館なので一日ですべてを掃除するのは私にはできない、一週間のサイクルで私はこの館を掃除している。
物置から雑巾とバケツを持ってきた。私は長い廊下を十二往復した。
窓を拭いた。外にある木の梢に小鳥が止まっていた。私は触れようと手を伸ばした。小鳥は飛んでいってしまった。
掃除を終えた私はソファーに腰掛けた。
気持ちがいいソファー。
そのままうとうとしてしまったらしい。私が目を開く屋敷の中には闇が降りていた。
時計は七時を指していた。
私は夕食の準備に取り掛かった。
八時。
二階に上がった。
私は失礼します、と言って扉を開いた。ご主人様は朝と変わらず、机に向かっていた。
白い頭。ご主人様は高齢だ。
ご主人様は奥様、お嬢様、お坊ちゃま、愛犬のベス……大切な方々とすでにお別れを済ませている。この館にはご主人様と私だけ。
「食べないと、お体に障りますよ」
私はご主人様の机に用意した夕食を置いた。ご主人様の白く細い指が見えた。
「わしはもう長くない」
声が聞こえた。私は悲しい気持ちでその言葉を聞いた。
「お前には感謝している。わしの身体が動くうちに何か一つ、お前の願いをかなえてやろうと思う」
「私には勿体無い言葉です」
「いや、お前はよく尽くしてくれた。何でも良い」
少し間が開いた。ご主人様は私に考える時間をくれたのだ。
私は言った。
「私はこれからもご主人様のお世話をしたいです」
「そうか……わしは、お前ならそう言うと思っていたよ」
私はしばらくそこに立ち尽くしていた。時間が流れる。
ピ。と電子音が聞こえた。
ボイスレコーダが終了した合図だ。
私の願いを叶えてくれたご主人様。私はご主人様からいただいたボイスレコーダーを手にとって操作した。
巻き戻し。
これで明日も同じ日常が流れる。
私は作ったときのままの夕食を持って退室する。
「それでは、お休みなさいませ。ご主人様」
去り際、白いご主人様が空洞の眼窩で私を見たような気がした。労うように。
私は自分の部屋に戻った。メイド服を脱ぎ、明日の用意をした。
そして眠る。
明日も同じ日常が流れる。
<了>