「おじいちゃん。こんなところで寝ていると風邪引いちゃうよ」
孫娘の声で、老人は目を覚ました。あまりに気持ちのよい午後だったので、縁側でうたた寝をしてしまったようだ。
しょぼしょぼした目には祖父のことを心配しながらも、少し微笑んでいる少女が映っている。
「おーお」
「少しあったかくなったからって油断すると危ないんだから。季節の変わり目が一番風邪引きやすいって、お母さんが言ってたもん」
孫娘は少し舌足らずな声で言った。内容との口調があまり合っていないので老人は「ははっ」と笑った。
「すまないね。ついつい気持ちよくて寝てしまったよ。それに昔の夢を思い出しとったんじゃ」
老人はご機嫌だった。しわだからの顔がくしゃっと笑顔を描いている。
「昔の夢ぇ?」
少女は好奇心いっぱいの瞳で祖父を見上げた。
「そう、昔の夢だよ。じじいの昔さ」
老人は昔語りが煙たがられることを知っていたので、初めは話す気はなかった。しかし、少女のきらきらと光る幼い瞳におされ、とつとつと語り始めた。
「ユミは座敷わらしって、知っているか?」
「うん。本で読んだことあるよ。幸せを運んでくれるんだよね」
「そう。じいちゃん、それに会いたくってな。笑う角に福来るっていうわけで、ずっと笑っていたんだ。笑えば福が来る。福を運んでくるのは座敷わらしだと思っていたんじゃ」
「ずっと?」
「そうずっと、辛いことがあっても、悲しいことがあっても、ずぅーと笑っていたんだ」
辛いこと、悲しいこと――老人の半生が刹那の映像の流れとして脳裏に浮かんだ。辛いなかに小さな喜びを見つけ笑った。悲しいなかにわずかな希望を見て笑った。老人はそうやって生きてきたのだ。
「ふーん。それで会えたの?」
老人は笑って首を振った。
「いいや。でも、福は来た。じゃから、わしが気づいていないだけで座敷わらしはきとったのかもしれん」
「おじいちゃんの夢は、座敷わらしに会うってこと? なら今からでも遅くないよ。座敷わらし探そうよ」
少女は純真無垢な瞳で言う。
「いやいや、無理なんじゃよ。座敷わらしは大人には見えんで、子供にしか見えんのじゃ。だから“昔”の夢なんじゃよ」
「そうなんだ……」
少女はしゅんとなった。が、すぐに何かを思いついたように、ぱぁと明るくなった。
「なら、ユミが見つけて連れてくるね。座敷わらし!!」
「おお、おお。ありがとな」
少女は縁側から立ち上がり、玄関に向けて走り出した。
「暗くなる前には帰ってくるんだぞ」
「はーい」
夕方と夜の境目、空が夜の色を濃くしていく。
老人は、丁度台所から出てきた息子の嫁に聞いた。
「おーい、ユミはまだ帰らんのか?」
「今週はテスト期間で、部活がないからもうすぐ帰ってくると思いますよ」
老人は小首を傾げた。テスト期間? 部活?
「ただいまー」
玄関からユミの声が聞こえた。
「あ、ほら、帰ってきましたよ」
弁当箱を母親に渡しに来たユミはセーラー服を着ていた。背も老人と変わらない。
「あれ、あれれれれれ?」
老人はぼりぼりと頭をかきながら首を傾げた。
「あ、おじいちゃん。ただいま」
高校生のユミはしきりに首を傾げる老人を見て言った。
「いやいやいや。こりゃ、見事にやられたわ。あっはっはっはっはっはっはっ、愉快愉快」
老人は笑いながら、奥の部屋に歩いていった。
「おじいちゃん、どうしちゃったの?」
ユミは母に聞いた。
「さぁ? でもすごく楽しそうに笑っているから悪いことじゃないんじゃない」
「はっはっはっは」
老人はまだ愉快そうに笑っている。
「そうね。でも……」
ユミはくすりと笑った。
「おじいちゃん、なんだか子供みたい」
「そうねぇ」
母もくすりと笑った。
笑う角には福来り……容はなんであれ。
<了>