雲の白が蒼の合間をぬって鮮やかに浮かび上がる空。
麗らかな午後。わたしは彼の心地よい重さを感じていた。
それはきっと幸せの重さなんだと思う。
少し重たいけど可愛い寝顔が見れたから許しちゃう。
サァ、と風が吹いた。サワサワと葉が揺れる。
午後の太陽に照らされ熱くなった表面から心地よく熱を奪ってゆく。
彼の髪もさらさらと揺れた。その一瞬見せた顔に思わずドキリとした。
成長したな、と思う。子供のあどけなさが消え、大人の男の力強さが表れはじめる歳。
逆上がりの練習が嫌で、ここに逃げ出してきた彼の悔し涙を流す姿が、ついこの間のように蘇ってきた。
幼いときの様にわたしの前で涙を見せてくれることはもうないと思う。
それは少し残念だけど、でも彼が成長したのはとても嬉しい。
久しぶりに彼に会えてわたしは嬉しさと同時に一抹の寂しさも感じていた。
わたしが良く知っていた幼い彼はもう、ここにはいない。
……余計なことを考えるのはやめよう。今はただ、彼と一緒に過ごせる貴重な時間をじっくりと味わおう。
わたしの幹にかかる甘やかな重み。ずっとこの時間が続けばいいのに、そう思いながら、ゆっくりと意識を深層に沈ませた。
低くわたしの心を奥から揺さぶる声がわたしを呼んでいた。
「ミドリ」
うっすらと目を開ける。彼の姿が見えた。その向こうには朱に染まる空。
わたしはすっかり眠ってしまったらしい。
わたしは差し出された彼の手をとって立ち上がった。
スカートの裾を払いながら、今まで背を預けていた大樹を見上げた。不思議な夢を見ていた気がした。
「そろそろ帰ろう」
「うん」
少し歩いたところでわたしは彼に聞いた。
「小さい頃、逆上がりできなかったの?」
「え? どうして?」
どうして知っているの? と顔に書いてあった。
「ごめん。何でもない」
わたしは振り向いて、ちろっと舌を出して「ごめんね」と小さく言った。
彼をとっちゃってごめんね。でもたまには今日みたいに貸してあげてもいいよ。
大樹はさわさわと葉を揺らして応えた。風が吹いただけかもしれない。
<了>